AWR Design Environmentを活用した増幅器設計
AWR Design Environment®は、マイクロ波/ミリ波で利用する製品を設計するエンジニア向けに開発された『高度に統合されたシステム/回路/電磁界解析技術』の統合環境です。製品は『お客様の設計を加速させること』を重視しており、ツール間のデータ移動の削減、使用感の改善、自動化には開発当初より力を入れて取り組んできました。この設計環境は、設計者が複雑な集積回路(IC)、パッケージ、およびプリント回路基板(PCB)のモデリング、解析および検証を管理し、回路動作のすべての側面に対処して、最適な性能と信頼できる結果を達成し、初回の成功を支援します。
図1 統合環境の中で各項目(回路/レイアウト/解析など)は同一のデータベースを参照
強力な設計環境を提供する基幹技術の1つが統合されたデータベースです。AWR製品では1つのデータベースですべてが管理されています。例えば回路モデルと対応するレイアウトは同一のデータベースを参照しているため『常に回路とレイアウトは同一』です。高周波の設計ではレイアウトの効果が性能に大きく影響します。このように高周波設計に重要な点を開発の当初より意識して製品の開発がされています。
近年の設計は急速に複雑化しており、様々な方法や視点での解析や検証が必要です。AWR製品の設計環境には高周波に必要な多くの解析技術が含まれています。例えば…
- 高周波回路を効率良く解析する周波数軸の線形/非線形解析(ハーモニックバランス解析とも呼ばれます)
- 立ち上がりの時間や振る舞いの解析のための過渡解析/エンベロープ解析
- 高周波の非線形回路の安定性を効果的に検証する線形/非線形の解析技術
- レイアウトを精度良く解析/検証するための複数の解析技術(等価回路抽出/電磁界解析)
- PAA(Phased Array Antenna: フェーズドアレーアンテナ)のように回路と電磁界解析の連携が必要な解析をサポートする連携技術
AWR製品を活用することで高周波における様々な課題に取り組み、解決できます。今回の記事では増幅器設計に関する活用について項目に分けて紹介します。
[1] デバイス評価
増幅器の設計において使用するデバイスの特性を正しく評価し、理解することはとても大切です。デバイスの評価のためにソースプル/ロードプルという評価が行われています。これは入力側(ソース)や出力側(ロード)のインピーダンスをスィープし、インピーダンス毎のデバイス特性を記録するというものです。
このようなデータをスミスチャート上にプロットした例が図2です。この例は出力整合回路の基本波のインピーダンスに対する出力電力(赤)と電力負荷効率(青)の特性の等高線を示しています。これによって、デバイスに接続する出力整合回路のインピーダンスのターゲットを決めることができます。ただ、例えば出力整合回路のインピーダンスを考えた時に、デバイスの入力側で接続する整合回路のインピーダンスによって、図2のような出力側の等高線は影響を受けるので、ターゲットを決めるときには、入力側と出力側のインピーダンスを交互に変えながらインピーダンスのターゲットを決める必要があります。
図2 ロードプル解析例
AWR Design Environment®のMicrowave Office®ではデバイスモデルを利用してロードプル解析をする機能を提供しています。基本波から5次高調波までインピーダンスをスィープでき、また2トーンを活用したロードプルで2トーン間の差分の周波数のインピーダンスをスィープすることも可能です。差分の周波数のインピーダンスは増幅器の歪み特性に影響するため、検討できることは非常に重要です。Microwave Officeには計測したデータを様々な形でプロットし、分析できる環境が整っています。入力電力をスィープしたロードプル解析のデータも取得できるので、入力電力を変動させたときに等高線がどのように変動するか分析することも可能です。
図3 Microwave Officeのロードプル解析環境と分析例
[2] 整合回路合成/並列最適化
ターゲットのインピーダンスが決まれば、周波数特性のような仕様に応じて整合回路の構成を検討します。
Microwave Officeは様々な種類の線路モデルがレイアウト付きで用意されています。そのため、高周波の影響を加味したモデルで回路を作りながら、レイアウトの形状や大きさを確認し、回路特性の分析ができます。
Microwve Officeにはデバイスの特性を測定したロードプルファイルから様々なタイプの整合回路を自動合成する機能があり、設計者の方が整合回路の構成を検討することをサポートします。例えば図4はウィザードで作成した整合回路の一例と、その時の周波数に対する出力電力と電力負荷効率を示しています。図4内の右のグラフはスミスチャートのプロットを方形グラフで表示したものです、赤が特定の出力電力(51dBm)の周波数特性、青が特定の電力負荷効率(63%)の周波数特性、黄緑色が整合回路の周波数特性です。周波数特性と等高線の動きによって、周波数特性が予想でき、また適した周波数特性を得られる回路かどうか分析できます。
設計が複雑さを増してくると最適化によって整合回路の多くのパラメータの値を調整し、目標を満たすパラメータの組み合わせを探すこともあります。設計仕様がきつく、最適化に非常に時間がかかるような場合には、Microwave Officeでサポートする最適化の並列化を活用し、最適化の速度を大きく向上することも可能です。
図4 ウィザードで作成した整合回路の一例と、
その時の周波数に対する出力電力と電力負荷効率
[3] 様々な解析エンジン
高周波回路は多くの場合、周波数領域で解析が実行されます。これは解析する周波数が高いため時間領域で解析を実行する場合、時間のステップが小さくなり解析に時間がかかるためです。Microwave Officeには周波数領域で解析を実行するエンジンとして、回路の非線形性を考慮しない線形解析、非線形性を考慮する非線形解析をサポートしています。非線形性を考慮する解析は、設計の周波数を基本波と高調波の成分で解析を実行するためハーモニックバランス解析と呼ばれます。様々な回路を高速で解けるように解析自体の量を効果的に削減する方法や解析自体を並列化して解析速度を向上するような工夫が組み込まれています。
近年では通信システムで利用される変調された信号を回路解析に活用して増幅器の動作を分析する必要性が高まっており、時間軸で効率的に増幅器の分析をするサーキットエンベロープ解析機能もサポートしています。時間軸で非線形回路を解析しますので通常より解析に時間がかかりますが、入力される信号が時間軸で複雑に変動したり、入力される信号に合わせて増幅器の動作が変わるような解析には重要な機能です。
図5 エンベロープトラッキング増幅器の解析例
(赤: エンベロープ解析あり、黄緑:エンベロープ解析なし)
[4] 電磁界解析
周波数が高くなるとレイアウトが回路特性に与える影響が大きくなります。そのため電磁界解析を実行してレイアウトの影響を加味した解析がしばしば行われます。AWR Design Environmentにはモーメント法を利用するAXIEMと有限要素法を利用するAnalystが組み込まれており、お客様は設計する対象や設計段階によって使い分けることができます。
回路のレイアウトから自動的に電磁界解析を実行し、回路解析時に対応する部分の解析に自動的に電磁界解析結果が利用されることで、お客様がSパラメータを回路図において配線を再接続するような作業を削減します。また電磁界解析を実行する範囲を効率的に制御できます。そのため設計段階や目的に応じて様々な組み合わせの解析と結果の分析をすることが可能になっています。
図6 回路図内の整合回路から別々に作成された電磁界レイアウト(中図)と
全体の電磁界レイアウト(右図)
-簡単な操作で電磁界の範囲を制御できます。
[5] 安定性の評価
増幅器の安定性は様々な条件で評価する必要があり非常に時間がかかる一方で、解析結果の分析が難しい解析項目の1つです。設計者はしばしば安定性の評価にK値の測定のような線形解析の手法を用います。K値はSパラメータから簡単に計算できるので、設計時に安定性を測る指標として便利な項目の1つです。しかしK値では、特に増幅器が多段で接続されている場合、トランジスタが並列に接続されるような場合、入力電力に安定度が影響される場合などに、潜在的な不安定性を見逃す可能性があります。一方NDF(Normalized Determinant Function)やループ利得のような非線形性の解析は、上記のような潜在的な不安定性を分析することができますが、解析のパラメータが多く、解析時間はとても長くなります。V15ではより堅牢で高速に増幅器の安定性を計測するための方法を組み込みました。従来に比べ高速に安定性を評価できるので、その最適化や歩留まり解析など従来は時間がかかり難しかったような安定性の評価を実行できるようになりました。
図7 Microwave OfficeでK値やNDFの解析を実行した例
[6] 通信システム性能評価
5Gのような無線通信通信システムで利用される増幅器を設計する場合、利得や電力負荷効率、反射特性のような基本的な増幅器の特性に加えて、変調波を利用した時の通信システムにおける測定項目、例えばACPR(Adjacent Channel Power Ratio)やEVM(Error Vector Magnitude)のような性能指標の評価が求められます。
AWR Design Environmentには5Gを含め無線通信システムを評価するための通信システムシミュレータVisual System Simulator™が含まれており、Microwave Officeで設計した増幅器に変調信号を入れて通信システムで必要とされる評価をすることができます。
近年の通信システムでは信号の変調にOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)が利用されるため、PAPR(Peak to Average Power Ratio)が大きくなり増幅器の設計が難しくなっています。通信システムで利用される信号を増幅器に入れて解析することで、実際の信号を入れた時に増幅器がどのように動作するか分析することができることは設計者にとって非常に重要です。AWR Design Environmentを活用することで重要な分析の多くを実行することができ、より精度の高い設計と分析が可能になります。
図8 AWR Visual System Simulatorを利用して5G信号で増幅器を評価した例
[7] まとめ
増幅器の設計でAWR Design Environmentがどのように活用できるか、簡単ではありますが紹介いたしました。本資料で紹介した以外にも設計を助け、効率化することを助ける多くの機能と工夫が組み込まれています。
各製品の詳細については下記のリンクを参照ください。
[製品全般]
ブローシャ: https://www.awr.com/jp/serve/awr-design-environment-brochure-jp
製品カタログ: https://www.awr.com/jp/serve/awr-software-portfolio-japanese
[通信システム解析環境]
Visual System Simulator: https://www.awr.com/jp/products/visual-system-simulator
[統合設計環境]
Microwave Office: https://www.awr.com/jp/products/microwave-office
[電磁界解析エンジン]
AXIEM(モーメント法): https://www.awr.com/jp/products/axiem
Analyst(有限要素法): https://www.awr.com/jp/products/analyst
システム セールス チーム プリンシパル アプリケーション エンジニア
菅原 努
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